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2024/04
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 「……実によい品だ。同じ製法でも、ここまで純度と香りがよいのは他にお目にかかったことがありませんな」
 「特別な香草が原料なのです。故郷の地質と気候でないと、栽培が難しくて」
「なるほど。ここまで上質なものを専売だなんて、まったく――ははは、お若いのに大したものだ」
 ソファに座る初老の紳士が、木製の小箱に詰まった巻き煙草を手にし、鼻元に寄せて香をひとしきり堪能すると箱に戻した。
 「煙草も香水も、さっそくうちに置かせていただきましょう。このコインブラは人が多いですから、すぐによいお客がつきますよ。高名な貴族の方もかなりこの新大陸に移住しているそうですし――周辺の大陸中からあらゆる人間がここに移ってきている。以前の土地からさらに商売の幅を広げるには、うってつけの場所ですな。メイヤード卿も抜け目ない」
 羊皮紙に署名する男に笑いかけられ、向かいに座るジュスト・メイヤードは曖昧な笑みを返した。
 「メイヤード卿はベスパニョーラ系の移民でおられましたな。こちらに移られたのはつい最近だと聞きましたが」
 「ええ、まあ」
 「よろしければ、一緒に観光でもいかがですかな。開拓民が多く渡ってくるものだから、ここコインブラを落ち着きのない都市だと揶揄する輩もおりますが、わたくしとしては日増しに新しい露天や異国の商品が並ぶのを眺めて回るのが楽しみでして」
 あまり気が進まなかったが、二十も年上のこの男の誘いを断る理由もない。貴族であるジュストの方が立場としては目の前の男より上ではあるが、年長者には常に礼を払わねばならない――己も常に他者から礼を払われてしかるべき者でいるために。兄弟にも徹底して教え込んできたことであった。
 ジュストと取引相手の客人が上着を取って絨毯敷きの廊下に出ると、ちょうど目の前の曲がり角を長身痩躯の人影が音もなく横切るところだった。
 「おや、彼は」
客人の言葉に、人影がはたと脚を止める。歳は少年と青年の間を彷徨う頃だろうか。貴族の家柄ならばすでに結婚していてもおかしくない年齢だろうが、大人びた横顔にはまだいくばくかのあどけなさも残されていた。
 「キズキです。……うちの次男坊でして」
 ジュストがそう説明すると、ほうと声を上げる初老の客人に、少年は切れ長の瞳を伏せて小さく目礼してみせた。病的なまでに青白い頬に、襟足まで伸ばした癖のある長めの金髪が落ちかかっている。
 「これはこれは。ご兄弟がいらっしゃるとはお聞きしていましたが、妹様だけではなかったのですね」
 「ははは。……内気な子でして、非礼をお許しください」
 「いや、これはまた……賢そうな上に大した美男子の坊ちゃんですなあ」
 客人の言葉ににこりともせず、キズキは相手から寄越される視線を避けて俯いただけだった。
その様子に、ジュストは愛想笑いをすぼめて重いため息をつきたい衝動に駆られたが――信念をもってこれに耐える。
キズキが美男子?そうかもしれない。言われてみれば確かにすらりと背が高く、細身で、女のように睫毛が長く色白なその容貌は端正だと形容できるのかもしれない。――あの陰気な表情さえ抜きにすれば。
「ご兄弟で今のお仕事を?」
「ええ――今のところは。これは士官学校を出ているので、いずれその資格に見合ったところへ行かせるつもりではありますがね」
 「ほう、この若さで士官学校!坊ちゃんは今おいくつでおられます?」
 顔を覗き込まれて、キズキはやや緊張しながらも小声で「十九です」と答えた。
「十九歳!信じられないな――特例入学ですか?メイヤード卿も鼻高々ですな」
 「まあ――確かに、自慢できる経歴を持ちうる身内だとは……思っています」
妙な言い回しだ。ジュストの言が濁ったのは、士官学校時代の話に触れると、キズキが決まってその話はやめろと恨みがましい口調になることを思い出したからで……。
「卿、どうです。ご兄弟もお誘いしてコインブラを見物して回るというのは」
 居心地が悪そうにもじもじしていたキズキが、驚いたように顔を上げた。ジュストも一瞬ぽかんとしたが、廊下で客と身内を引き合わせた時点でこう提案されるのを予期していなかったわけではない。すぐに微笑を取り戻すと、鷹揚に頷いてみせる。
 「そうだな――キズキ、お前も来るか?……我々の護衛役としてでも」
 「………」
 




 
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