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2024/04
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 果たして狭い視界のうちに見えたものは、暖炉の前にうずくまってべそをかいている、キズキのほとんど全裸に近い姿だった。当時、まだ彼は黒髪だった(染め始めたのは、学校から数年の教育期間を経て帰ってからだ)。その癖のある黒髪がもつれ、彼の青白い頬にへばりついていたのが、なぜだか強烈に印象に残っている。
 と、父の部屋の中にあるもう一つの扉――寝室と繋がっている――が開く音がし、テュリスは慌てて鍵穴からを身を離したのだ。
そうだ。それからノックして入るにはあまりに居心地が悪く、逃げるようにして父の部屋の前から立ち去ったのだった。一体私は何を見たのだろう?なぜ今まで忘れていたのだろう?キズキはいつも父と共にいて、私が兄さんとしていたように、父に詩を読んでもらい、狩りにでも連れて行ってもらっていると思っていた。――本当の子供でもないくせに!
けれど……あのとき見たものは一体?
 
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蒼白な顔になったテュリスの手にある刃を、オドボールはそっと押しやった。煙草の灰を地面に落とし、短くなった残りを口に咥える。
「お嬢さんよ、確かに俺はあんたの父親を殺した。褒められることでもねえし、あんたに報復されたって仕方がねえさ。依頼されたという以前に、俺のエゴがメイヤード卿を死に追いやったんだ。だが、俺はとても見ていられなかった。あんたもあんたの兄さんも辛かっただろうが、あの坊やの受けていた苦しみも相当なもんだったろうよ――とてもお嬢さんの前では言えねえようなことをされていたんだからな。お嬢さんにはそれが、構ってもらっているように見えたのかもしれんが」
「………」
「子供ってのは、多少は大人の手を煩わせる生き物だ。そうやって、やっていいことと悪いこと、融通の利くことと利かないことを学習して、一人前の大人になるんだからな。なのにあんたの親父は、自分の子を愛するどころか、子供にばかり我慢を強いて自分は好き勝手、自分の思う通りにならなければ、病気に見せかけて殺そうとまでする。あんたはどう思う、これが大人のすることだと思うか?俺は三年戦争のとき、大人のせいで犠牲になった子供を何人も見た。あの子たちは領土について国に口出ししたわけでもないし、ましてや誰かを殺したわけでもない。ただそこに生きていただけなのにな」
 
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煙草を投げ捨てると、オドボールは地面に転がったそれを執拗に踏みつけた。
「だから俺は大人ってのが嫌いなのさ。事実俺も、教え子に殺されてもおかしくないような人殺しのクズになっちまった。大人でいるのが嫌で嫌で仕方がないぜ。変な奴だろう、俺は。大の大人のくせによ。変わってるだろ。筋金入りの変人なんだ。笑えよ」
オドボールは唇を歪めると、肩を震わせて皮肉げに笑った。
 テュリスは笑わなかった。
「本来なら子供は、どうすればそこに自分が存在しているかを、苦心して大人に知らせようとなんてしなくてもいいはずなんだ。そんなことを子供に強制する大人なんて大嫌いだった。戦争のときは、そんな大人ばかりがごまんといたわけだから、そりゃあひどいもんだったよ」
低い声で男は付け加えた。俺も、その大人の一人だったんだがね。
「そして、あんたの親父さんは、俺の嫌いな大人そのものだったんだよ。自分の子を傷つけ、それでもなお平然としていられる。……俺は、とても傍観者ではいられなかった。暗殺者にしては出過ぎた真似をしたよ」
 



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