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2024/04
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テュリスは音を立てずに剣を収めたが、それでもいつでも抜けるよう柄に右手を、鞘に左手を添えて棒立ちしていた。その唇が震える。
涙が零れそうだった。彼を親の敵と憎めばいいのか?それとも、我々兄弟を父の呪縛から救ってくれた者として、感謝すればよいのだろうか?ジュスト兄さんなら、こんなときにどんな判断を下すだろう。
「……俺を殺してもいいんだぞ、テュリス・メイヤード。君にはその権利がある。メイヤード家の剣士として、親の敵を討つ権利がな。剣で刺したくらいで死ねるかどうか、俺にも分からんが」
「――どういう意味です?私にあなたは殺せないという意味?」              
「なに、例え話みたいなもんだ。……この際だから話すが、俺は君の叔父さんも殺している。毒殺したんだ。君の兄さんの病気が回復したとき、親父さんに続いて兄さんも暗殺するよう命じられたとさっき話しただろう。だからさ。――君らを守りたかった」
テュリスは重く息をつくと、眼を伏せてうなだれた。
「……あなたをどこまで信じればいいか分からないわ、先生」
 男が微かに微笑んだ。
「信じなくってもいいさ。俺の言ったことはすべて本当だが、信じる信じないは君の好きだからな。俺を親父さんと叔父さんの仇とするのに都合が悪いなら、今俺が語ったことはすべて偽りだと思うといい。何度も言うが、君は俺を殺す権利があるんだから」
「舐めないで、“オドボール”」
鋭く言い放つと、テュリスは顔を上げた。
「私は剣士。メイヤード家の剣士なの。もう二度と、事実を嘘、嘘を事実と思い違えることはしないわ」
 でも、その事実を嘘、嘘を事実と決定する定義とは何?事実は嘘で塗り固められているのが常で、事実なんて、往々にして嘘のようなもの。テュリス・メイヤード、おまえはそれらを見破ることができるの?……おまえ自身の本心、家を守りたいだとか名誉が欲しいだとか、それすら偽りそのものではないの?おまえの建前に隠された本音は何?
「……私はあなたの話を信じます。あなたの本心がどうであろうと」
 私の本音だって?今はとにかく――かつての恩師を信じたいということだけだ。
 オドボールが祈るように首を垂れると、額に手をやった。
 「そうか――ありがたいごとだ」
僅かに男の表情が和らいだような気がした。彼もまた、あの軽い口調の裏で、ずっと事実を隠していたことに重責を感じていたのだろうか?
 「……私は判断がつきかねています」
 抜刀の構えのまま、テュリスは呟いた。
 「あなたを、仇とすべきかどうか。――父がいなくなって、私たちが解放されたこともまた事実ですもの!」
私はあなたを斬るべきなのだろうか?
 「――君は今、幸せか?」
 「……父のいた頃に比べれば……幸せ、かもしれない」
「そうか。俺の正直な意見を言わせてもらっていいかな」
 「……どうぞ」
 「本音を言えば、俺は君に殺されたくないよ。君の父親を殺したのは俺のエゴだ。メイヤード卿を殺せば、君らが幸せになれると信じていた。だから、君の前から姿をくらました後も、ずっと気になっていたんだ……君らは幸せにしているかってね。だから、君やキズキの坊やを見て、正直な話嬉しくもあった……俺が君らの人生に干渉したことで、君らがどのようにして今を生きているか、ずっと確かめてみたかったからな。そして、君に許してもらえるものならば、許してもらいたい」
 保持し続けていた剣の重みに耐えかねたかの如く、テュリスは構えを解いていた。急にどっと疲労が全身にもたれかかってきて、がっくりと肩を落とす。
 この人もつまるところ、自分の行いが正しかったと認めてもらいたいのだ。一家の父親を殺した悪魔を演じておきながら、己があのとき存在していた意義はあったのだと――誰かを救済することができたのだと……。
 「――その答えを、今の私に求めるの?」
 うなだれる少女をどこか痛ましさを含んだ視線で眺めていた男は、やがてゆっくりと首を振って立ち上がった。
 「すまん。困らせちまったみたいだな」
 「……どこへ?」
 脇を通り過ぎて歩いていこうとする男にテュリスが尋ねると、
 「どこか、だな。君らにこれ以上迷惑はかけられないから」
 そう答えて、ばつが悪そうに笑った。
 「……二度もあなたを失いたくないわ」
 「それは俺を引き止めているのか?」
 「………」
 背後にいる男に、振り返らぬままテュリスが沈黙していると、ふいに後ろからオドボールに抱きすくめられた。逞しい腕が伸ばされ、幼子にするように頭を撫でられる。
 「君は勘違いをしているんだ。失うことを恐れる必要なんてない。……君はもう、俺が君の父親を殺した時点で」
 男はすぐに少女から身を離した。
 「とっくの昔に、俺のことを失っているんだよ」
 
 早急に石造りの段差を駆け上がっていく音がしたが、テュリスは振り返らなかった。
 男の気配が薄れ、やがて先程まで漂っていた紫煙のように虚に溶けると、テュリスは半ば白昼夢でも見たような心地で立ち尽くしていた。
すぐそこの地面に残っているのは、煙草の白い灰だけだ。
 
 先生。
 
テュリスは呟くと、そこでようやく自分が泣いていたことに気付いた。








 
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(終)
 


 
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