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2024/05
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 憔悴しきって眼を覚ました。震えながら。今度こそ泣いていたのかもしれない。
 新たな傷が刻まれていた……この傷は生命の存在を確かめたいというより、己の裸体に茨の鞭打つ聖人気取りなのかもしれなかった。罪をこれであがないたいと……自己を罰するために?
 ただの詭弁だ。そんなことをしたところで救われるものか!だが、頭で己をどれだけ喝破しようと、こうして腕を動かすこともままならぬまま自室の机の前から立ち上がり、早朝の寒さに震えているのは事実なのだ。
 机に置いてあった薬品の瓶を見て思い出した。そうだ、寒いのは濡れた髪を拭わなかったからだ。そう、凍えるほどに寒いのは、この薬で夜中のうちに髪の手入れをしたからなんだ。昔の自分を、鏡の中で見てしまわないように。
 夕食には出なかった――とても家族と顔を合わせられる気分ではなかったので。雇われている使用人たちも、外から帰ってくるなり繰り広げられた兄弟間の騒ぎについて、額を寄せて囁き合ったことだろう。眉根を歪めるか、あるいは嘲笑でも漏らしながら。
早朝の灰色に澱んだような薄明の中、着ていた衣服を脱ぎ捨て、裸体にガウンを纏うとベッドに潜り込んで眠ろうとした。が、腕からくる、皮膚を炙られているような疼痛を認知した今となっては、傷の痛みのせいでとても眠るどころの話ではない。
枕元のすぐ脇、手を伸ばせば届く位置に、銃を収納してある引き出しがある。そこから拳銃を取り上げて、薄暗い部屋の中、仰向けのまま顔の前に掲げた。
美しい彫り細工が施された金色の拳銃だった。グリップは滑らかな光沢を放つ真鍮製で、装弾数は六発、あらかじめ撃鉄を起こしておかねば発砲できないシングルアクション式だが、撃鉄さえ起こしておけばその分トリガープルは軽くなる。
整備は手間だがそれは銃士の義務であり、銃そのものはこの装飾、手に合わせられたグリップの具合などを考えるとかなりの高級品だった。何しろ義兄のジュストが、キズキのためにガンスミスに作らせたものだから。
「わたしは銃の扱いにはとんと無縁だが、プロの銃士は自分の手に合った銃を持つんだろう?お前もその道に進むのだから、いいものを持たせないとな」
 そうして、何人もの職人を呼び寄せて作らせたのがこの銃だった。
なぜ彼は、そこまで手間をかけてキズキにこれを与えてくれたのだろう?
本当の兄弟なんかじゃないのに。
義弟の腕中の傷にジュストが気付いたとき、彼はこの拳銃を義弟に持たせたままにしておくのをしきりに不安がった。当然だろう。自分がジュストの立場なら、引っぱたいてでも取り上げておく。
義兄がそうしないのは、キズキにとって銃は己の唯一の取り柄であり、せめてもの慰めとしていることを知っているからなのだろうか?それとも……。
難儀してシリンダーを開き、中の薬莢を頭の横のシーツの上に落とした。五つは使用可能な薬莢、その中に一つだけ、あの小競り合いで使った分の空の薬莢が混じっている。その金属製の筒は何かの抜け殻のようで、ひどく空虚なもののように思えた。もう用のない物体。疲弊しきって、ただそこにいるだけの、何の価値も持たない……。
気分が沈み込んでいくのを感じた。

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眼を閉じ、銃身を額に触れさせる。金属の冷たさが嘔吐感をささやかなれど誤魔化してくれた。もう――潮時なのかもしれない。
 変わりたいのならば、やはり現状のままではいけないのだ。
 




 
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