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2024/05
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 息苦しい。
 それもそうだ、猿轡を噛ませられているうえ、目隠しまでされているのだから。両手首は背中側にまとめて固く縛られており、いくつもある傷がずきずきした。
 どこか固いところに横になっている。        
 一体全体どうしてこんなことに?キズキは混乱しがちな記憶を攪拌した。そう、朝早くに自室の窓から庭に抜け出し、裏門を通って屋敷を出たのだった。住宅街を抜け、大通りに出て朝一番の馬車に乗るつもりだった……それで……?
 そうだ。大通りに向かう途中、まだ人通りもない路地を早足に歩いていたら、突然建物の間の狭い隙間から手が伸び、路地裏に引きずり込まれたのだ――それから殴られて意識を失い、気付いたらこうなっていた。
 「文書はできたのか?――よし、あとはこいつの屋敷に届けるだけだな」
 野太い声がして、はっと身じろぎした。足首も縛られていたので、ほとんど動けなかったが。
 複数人の男たちが周りにいて、めいめい小声で会話しているのが聞こえる。
 「どうやって卿に渡しますかね。顔がばれたらまずいんじゃあ」
 「当たり前だ。そのことは考えてある」
どういうことなのか薄々理解してきた――だが、それよりも気になるのは、背負っていた革張りの鞄や、いつも腰元にあったはずのあの拳銃の重みが今はないことだ。周りにいる男どもが、キズキが意識を失っている間に身包み剥いだのだろう。俺の銃も。すべて。
板が軋む音がした。
 「……おい、誰だ?そこに転がってるのは」
 若い男の声がして、濃い煙草の匂いが鼻をついた。義兄のジュストが扱っている商品と比べたら、悪辣としか言いようがない香りである。きっと安物の合成品に違いない。
 「おい、勝手に入ってくるな」野太い男の声がそれに答える。「何の用だ?」
 煙草の煙を吐き出す、ふうっというため息のような音。
「未払い賃金についての相談だよ。くだらんことをする前に、滞納してる俺への報酬をきっちり払って欲しいんだがね」
 「ふん……なら、もう一仕事してもらおうか。そうすればお前への報酬も弾んでやる」
「なんだって?……エイモス、滅多なことはよした方がいいぜ。今までは密輸程度だったから、まだ本国の眼を逃れていられたんだ。だが誘拐、身代金までいっちまうと……」
 「黙ってろ、オドボール!雇われてる身ならおとなしく雇い主の儲け話に乗ってりゃいいんだ――ほら、この書面をメイヤード家の屋敷に届けてこい。そこらにいるガキに小金でも握らせて届けさせれば、屋敷の人間に顔を見られる恐れもねえ」
 「め、メイヤード家だって?あちちっ」若い方の声が上擦る。「お、おい、じゃあ、そこに転がってる坊やはまさか」
 「メイヤード卿の弟だ。さっぱり似てねえがな」
話題の中心にありながら、キズキはじっと湿っぽい床に横たわっていた。どこかから波の音が聞こえる――ということは、ここは海が近いのか。
「め、滅多なことをしたもんだな――あそこのお坊ちゃんとは」
 「ボンボンを誘拐しなきゃ金にならねえだろう」
 「そりゃそうだが――」
 「ビビりきってるてめえには期待してねえよ。ただ、その文書を届けるくらいはしろ。てめえも同じ穴のムジナなんだからな!」
 その言葉に、また紫煙混じりのため息をつく音がし、
 「俺は警告したぜ」
 そう言い捨てると、床板を軋ませて若い男は部屋を出て行ったようだった。
 「……信用できますかね。あいつ、あの文書を持って出頭しにいくなんてことは」
 懸念するような別の男の声に、エイモスという名らしい野太い声が嘲るように切り返す。
 「あのチンピラにそんな度胸があると思うか?後ろめたいことを山ほどやってきたあいつも、本国に罪を追及されるのはおっかねえはずさ。黙って従ってりゃ儲かることは奴も知ってる――それにあいつは所詮雇われモンだ、俺たちとは派閥が違う。仮に滅多な行動を取っても、俺らが直接疑われるよりはリスクは少ないはずだ」
 「ですが――」
 「まあ待て。奴を好きになれそうもないのは俺も同じだ。正直硬貨一欠すらやりたかねえ……あいつを雇ったのは俺だが、そろそろ潮時かもしれねえな」
 その声音に明確な殺意を感じ、キズキは思わず身じろぎしていた。腰元にあった慣れた重みがないだけで、こうも不安になるものだとは。ただ無力な人質を嘲ってでもいるのか、男の野卑な笑い声が湿っぽい部屋の中に満ちた。
 
 
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