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2024/05
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 少しは気持ちの整理がつくか、あるいは気分転換になるかと思って、まっすぐ家には帰らず、迂回するように大通りを歩いてみた。が、整理がつくどころか、賑やかな人々のざわめきを耳にして、逆に落ち着かなくなっただけだ。
レースをあしらったブルーのショートドレスを着て、腰には少女には似つかわしくない大振りの太刀を下げたテュリスのことを、通りを歩く者たちはどう見ているのだろう?いずこかからやって来た開拓民か、あるいはそれに付随する事象を行うべき人間だと思っているのだろうか。テュリスとそう変わらないであろう年頃の少年が、声高に刀剣屋の主人と得物の具合について話しているのを何度か見かけたことがある。
さらに居心地が悪い思いがした。私は一体何をやっているのだろう?本国のために鞘を抜くわけでもなしに、こんなものを持ち歩いて――まるでもう敵はいないのに、戦争が終わったことにも気付かず周りを威嚇する老いた兵士のようだ。
浮かない表情のまま通りを抜け、水路の上に掛けられた小さな橋の上を渡る。そこから少し行くと、腕に覚えのある開拓民のために、主に盗賊の制圧や開拓の脅威となる生物の駆除を中心とした仕事を斡旋する依頼事務所がある。今しも、長身の男性が石畳の通路の端から首を傾げるようにして、事務所の入り口を窺っているところだ。
この町に限らず、事務所は各主要都市に存在しているそうだが――開拓民が多く集まる分血の気の多い者同士の小競り合いも頻発するのか、警備兵が周囲に多く配備されているのも眼を引くところだ。まあ、テュリスには関係のない施設なわけであるが……。
「…………」
テュリスは瞬きをしていた。
 十数メートル手前には、警備兵が固める依頼事務所の扉へと進もうか否か迷ってでもいるのか、どうにもキョロキョロと動きが不審な男がいる。細身だが逞しい男で、長いダークブラウンの髪は右眉のあたりから分けられて左目を隠している。
 はたと男の頭が上がり、目を見開いているテュリスの姿を認めた。
 男の口が「あ」の発音の形になったが、声が発せられるよりも早く、テュリスは全力で駆け出していた。
 「ああああっ、違うんだって、これはそういうアレじゃないんだって!」
 意味不明なことを叫びながら逃げ腰になった男だったが、もはや逃がすまいとテュリスは走ってきた勢いのまま相手に飛びつき、共に石畳の上をもつれ合いながらごろごろと転がっていた。
 「な、何事ですか!?」
 騒ぎを聞きつけ、警備についていたコインブラ兵士の一人が通路に飛び出してくる。
 「何が違うのよ!」
 転がった際に擦ったか、あるいは打ったのか、とにかく呻きながら額を押さえる長髪の男の上に馬乗りになったテュリスは、男のシャツの襟元を両手で掴んで揺さぶっていた。
 「答えてよ!こうして、あなたはこの土地で私とまた出会った!それの何が違うっていうの!?」
 襟首を掴むテュリスの白い手を、頑丈そうな手袋を嵌めた男の大きな手が遮った。
 「分かった、分かったから揺さぶらないでくれ!おお痛てえ……相変わらず馬鹿力だな」
 「話をはぐらかさないで。今度は何をしようとしていたの!」
 問い詰めようとテュリスは男の灰色の瞳を覗き込んだが、横手から困りきった青年の声がした。
 「あのー、何をしてらっしゃるんですか」
 コインブラの警備兵だ。我に返ったテュリスは男の腹の上に馬乗りになっていたことに気付き、慌てて立ち上がるとかなりまくれていたドレスの裾を整える。
 「あ、いえ、これはその……ご、ごめんなさい」
「治安維持のためにも、不審な行動は慎んでいただきたいのですが……」
警備兵は渋い顔だ。毎日のように押し寄せる開拓民によってもたらされた日頃のストレスの蓄積ぶりが、ありありと察知できる態度だった。
 「いや、悪かった。何でもない――彼女は色々あって別れた昔のコレでね。分かるだろ」
 ハッとして横を見ると、例の男が立てた小指を兵士に示しながら、苦笑ともいえる表情をして立っていた。
 「大騒ぎしちまって申し訳ない。後のことは俺たち二人で解決するから。な?」
 最後の部分は、テュリスに向けられた台詞だ。呆気に取られているうちに、まさしく恋人にするようにして肩を抱かれる。
 「そうですか」と簡潔に答え、元の配備位置に帰っていく兵士に手を振ってみせ、長髪の男はテュリスの肩を抱いたまま依頼事務所の前を通り過ぎた。
 テュリスは無抵抗のまま男に連れられて歩いていたが、そのうちに頬に手を当ててぼんやりと呟いた。
「あの……これ、また夢なんですか?」
 



 
 
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