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コインブラにある重い門扉をくぐると、その先はニムロッド橋と呼ばれる大きな橋がある。そこはまさしく町と開拓地を繋ぐ架け橋であり、その先の枝分かれした道の一つが、ジザベル峡谷と呼ばれる、海の上に突き出した断崖絶壁へと繋がっていた。
テュリスが歩いているのは、まさしくそこであった。ここは海が近いこともあり、海賊や違法な交易のために停泊している不審船が数多く目撃されているそうで、話によれば開拓民や本国の関係者らしき人間が迂闊にもここに入り込めば、身包み剥がされて絶壁から突き落とされるのが常なのだそうだ。
谷間から吹き上げる強い潮風が、テュリスの長い金髪を千々に乱す。
「あーあ、素直に兄貴に相談すりゃいいものを、このお嬢さんはどうしてこんな無茶をするかねー」
ごつごつした石が飛び出している地面を危なっかしく歩くテュリスの背後を、オドボールが慣れた動きでひょいひょいと追ってきた。
「あなたこそ。今のうちに逃げればいいのに、どうしてついてきたんですか」
後ろを振り返って睨むメイヤードの娘に、男は肩をすくめて笑ってみせる。
「美しい令嬢をエスコートするのも男の役目だしな。それに、坊やに訊かにゃならん。一発ナニしてもいいかってな」
「ほ、ほんとに最悪の理由ですね」
「そうむくれるなって。それにほら」男の声が低くなる。「お前さん一人じゃそこらへんじゅうに隠れてる盗賊どもに警戒されるぜ。反面、俺の連れってことにしとけば疑われないだろ」
「そうかもしれませんけど」テュリスは不安げに青いドレスの胸元で両手をもじもじさせた。「コゼツがないとどうにも落ち着かなくて」
「へえ、この剣にそんな名前をつけたのか。気に入ってもらえて嬉しいよ」
オドボールが、左手にぶら下げた黒鞘の剣を軽く持ち上げる。オドボールの連れということにするとしても、さすがに剣を持っていては怪しまれるというわけで、男に一時預けることと相成ったわけだ。
「べ、別に、たまたま使いやすかったから大切にしていただけですよ。見た目もきれいだったから」
「はは。じゃあ、そういうことにしておくよ」
オドボール本人は、左の腰からベルトで下げたレイピアによって武装していた。決闘をはじめ貴族のスポーツなどにも幅広く用いられる、あの片手剣である。細く長く鍛えられた両刃は軽量だが、強度面からして派手な打ち合いには向かない。その代わり、素早い立ち回りが利くゆえに相手の防御をかいくぐり、臓腑を突くことができるという利点があるわけだ。男が持つのは、利き手を保護するための金属製のガードが、グリップを包むように鍔元から大きく広がったデザインだった。
かなり細い道にさしかかり、突風に谷の底へと引きずられそうな感覚を覚えながら険しい道を歩き続けると、テュリスを追い越して先に立っていたオドボールが小声で「そろそろアジトの近くだ」と告げた。「見張りがいるから、俺にちゃんと話を合わせるんだぜ」とも。
すると、ごつごつした岩肌の間から、唐突に人相の悪い男がひょいと姿を現したので、テュリスは眼を見開いていた。隙間なく身を寄せ合っているように見えた岩石の中で、一体今までどこに隠れていたのか。だからこそ、盗賊や海賊の絶好の隠れ家として利用されている地形なのだろうが……。
「随分遅かったな、オドボール。その娘は?」
仲間であろう男の問いに、オドボールが後ろにいるテュリスを振り返って薄く笑う。
「疑問だろ?無理もねえ、お前より俺の方が遥かに色男だからな」
人相の悪い男は舌打ちし、テュリスを足先から頭頂部まで値踏みするように眺めた。 「ボスに黙って女を連れ込むのはいいが、今回のヤマはいつもとは違う……念のためだ、その小娘のボディチェックをさせてもらうぞ」
「好きにしな」
オドボールが脇に除け、え?え?とテュリスがおろおろしているうちに男が目の前に立つと、少女の腰に手を這わせた。
「例の文書は届けたのか?」テュリスの前に屈みながら問う。
「ああ、成したさ。あとは吉と出るか凶と出るか……」
テュリスらに背を向けて喋っていたオドボールだったが、生肉を叩きつけるような音がしたかと思うと、すぐ横手の地面に見張りの男が顔面から激突したのを見て、仰天して振り返った。
「こ――この、クソガキ……!」
呻きながら上体を地面から引き剥がした男の両の鼻からは、大量の血が流れて顔半分を洗っており、唇の間から覗く前歯は何本か折れたり欠けたりしていた。
「ガキィ、ブッ殺してやる!」
「殺されるのはあんたよ、変態オヤジ!」
這い蹲る男に拳を突きつけてテュリスが身構えたとき、男の脳天に頑丈な戦闘用ブーツの踵が振り下ろされた。再び顔面を打ちつけ、見張りの男がそのまま昏倒する。
「おい……お嬢さん、何をやってんだ、何を!?」
見張りから脚を退けたオドボールが、こめかみをひくつかせる。
「俺に話を合わせろって言ったろうが!?誰が引っぱたけと言った、誰が!」
「す、すみません……で、でも、こいつが妙なところを触ってきたんだもの」
「そんな乳の谷間を見せるような服を着てるからだ!乳が嫌いな男なぞいない、俺だって触りてぇよ!おいちゃんも触るぞ、今、触るぞ」
拳が眉間に命中し、長身を仰け反らせて痛がるオドボールの手から剣を取り戻すと、テュリスは見張りが出てきた岩肌の方を窺った。
「仕方がありませんね。まあ、最初からこうするつもりでしたし……」
「剣呑なお嬢ちゃんだなあ。おお痛てえ……仕方がないって、誰のせいだよ、誰の。ま、確かにここでゴチャゴチャ言い争っても仕方がねえな」
そう言って端正な唇に笑みを刻むと、オドボールは岩の間に刻まれている隠れた入り口へとテュリスを促した。
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