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2024/05
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「お前は何を考えているんだ、あんな街中で発砲するなんて!」
陽も傾き、港から見えていた輝ける水平線も、見事なグラデーションを描きながら夜に埋没しようとしていた。屋敷の中もすでに使用人の手によって蝋燭が灯され、居間のランプの光がメイヤード家当主であるジュストの紅潮した頬をさらに赤く見せている。
無論、顔が赤いのは卓上に置かれているグラスに入ったワインのせいなどではない。
「……危ないと思ったから」
テーブルの前のソファに腰掛けているキズキが、俯きながらぼそりと呟く。眼を合わせようとしないのがことさら腹立たしい。黒いベルベット地の服を身に着けているせいか、義兄とは対照的に血の気の感じられない蝋人形のような白い頬が蝋燭の明かりにやけにはっきりと照らし出され、彼のすべてが現実味に乏しく、幽玄に霞んでいる。
 「何が危ないと思っただ、お前の方がよっぽど剣呑だろうが――下手をしたら、取引がおじゃんになるどころか、家の名前に傷がつくところだったぞ!」
 あの取引相手の男が、不遜を働いたチンピラを叩きのめしたキズキをえらく気に入り、警備兵にこちらに一切の非はないということをきちんと説明してくれたのは幸いだった(素直に喜んでいいのかどうかは首を傾げるが)。
風評というものがある――前の土地では散々苦労させられてきたことだ、ここでも同じ轍を踏みたくはない。
 「わたしの力なら、あそこまで大騒ぎせずともチンピラなんぞ黙らせられたのに」
 「そんなもの……見えないから分からなかったよ」
 「お前なあ!下手をしたら死人が出ていたんだぞ!」
 義弟の軽率さを嘆ずるように首を振ると、当の本人がまたも小声で、
 「……そんなヘマはしない。……あの距離なら間違っても外さない」
 などと呟いたものだから、再びメイヤード家当主の柳眉は憤怒に吊り上った。
 「そういう問題じゃないと言っているだろう!キズキ、こっちを見なさい!どうしてお前はいつも……」
 ジュストが二の句を告げようとしたとき、テーブルに拳が叩きつけられた。
「だから、あのときはあんたが何をしようとしてたかなんて分からなかったし、危ないと思ったからって言ってるじゃないか!それでいいじゃねえかよ、分からなかったんだから仕方がないだろ!事あるごとに俺があの学校を卒業したことを話題に出すのに、腕の方は信用してないのかよ!信用してないなら客と俺の話で勝手に盛り上がってんじゃねえよ、クソ!」
 キズキが立ち上がった勢いで卓上のワイングラスが倒れ、さっと鮮血のような紅い染みをテーブルクロスに描く。
 「キ、キズキ、落ち着きなさい。何も信用してないとかそういうわけじゃなくてだな――」
 「落ち着けるかあッ。大体、俺があんな学校を誇りに思ってるとでも?勘違いするな、ガキが年増だらけの施設に放り込まれて楽しく過ごせたと思うか!?んなわけねェだろが!舐めくさったツラで上から見下ろしてくる俺より年上の下級生!人の荷物を勝手に漁ったあげくどっかに隠して返さない同級生!カワイイーとかほざきながら人の身体をまさぐってくる上級生!こんなクソッタレどもだらけだったあそこで得た資格を誇りに?無理に決まってんだろ!」
 今や彼の幽霊のようだった白い頬は激怒に染まり、興奮して腕は今にも掴みかかりそうにぶるぶる震えていた。
 「分かった!分かったから、落ち着きなさい、な?」
激昂する義弟をなだめようと、相手の肩に触れて座らせようとしたが、乱暴に振り払われる。アビシニアンの血を引いていたらしい母から受け継いだ能力も、こんな場合には何の役にも立ちはしない……。
と、居間のドアが唐突に開くと、流れる金髪を花のコサージュで飾った少女の顔が覗いた。
「一体何を騒いでいるのよ!?」
 テュリスだ。外出から帰ったのか、なぜだか髪が若干乱れ、とても疲れた表情をしている。今にも掴み合いになりそうな男二人の様子に彼女は部屋に入ってこようとしたが、義兄から顔を背け、憤然と歩いてきたキズキに押しやられ、道を開ける羽目になった。
無言のまま廊下の奥へ去っていったキズキのあとを訝しげに眼で追う妹に、ジュストは「何でもない」と告げた。目元を片手で覆って深々とため息をつく。
後ろ手に扉を閉め、テュリスが傍らに寄ってくる。
 「兄さん……。大丈夫ですか?また彼が何かしたんですか」
 テーブルクロスに広がったワインの染みを一瞥し、ジュストはぐったりとソファに座り込んだ。
 「色々とな……頭が痛いよ。憂鬱症(ふさぎ)じゃ済まないぞ、あれは――こっちがふさぎ込みそうだ」
 わたしの行ってきた積み重ねの、どこに過ちがあったのだろう?
 



 
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