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2024/05
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店の柱に寄りかかってリサと世間話をしているのは、背中まで濃い茶髪を伸ばした長身の男だった。中肉中背だが、鍛えられた肉体を持っていることは一目瞭然である。
「あはは、相変わらずねー。今日は何をご注文?」
「あー、じゃあ、カプチーノをひとつ」
ダークブラウンの髪を背中まで垂らし、細身ながら暗黄色に染められた丈夫そうな革のズボンに包まれた脚は、膝丈までのロングブーツの靴先に至るまで力強い。ズボンと同色同素材のジャケットの下に着込まれた、ベルトで前を留めてある白いシャツの胸は強靭に隆起し、強さと猫のようなしなやかさを兼ね備えた、戦士として理想的な筋肉の存在を感じさせる。ジャケットの右腕部に結ばれたブルーのスカーフは、お洒落のつもりだろうか。
テュリスは瞬きを繰り返していた。その視線に気付いたのか、男がこちらに首を向けた。毛先を遊ばせた男の長い髪は狼の毛のように厚く、前髪は右眉の上から分けられて重たげに左目を覆い隠している。
男の灰色の右目と、テュリスの青い瞳がつかの間交わった。
 
IMGC6FEB8FDA4CEC3CB-thumbnail2.jpg
 
 「あっ!」
 「ああっ!」
 テュリスが叫んで席から飛び上がると、男も声を上げて大きく後退した。男の腰から下げられている剣がガチャッと鳴る。
 「あら……どうかしたの?」
 きょとんとしているリサの前で、男は身を翻すと脱兎の如く駆け出した。
 「リサさん、だめよ!捕まえて!」
 テュリスが叫ぶが、リサはぽかんとした表情でカフェから通りへと飛び出した男の背中を見送るばかりだ。
カタナを引っ掴み、続いてカフェを飛び出す。すでに通りの遥か向こうを長髪を乱して走っていた男が建物の間に滑り込んで路地裏へと逃げたのを認め、テュリスも駆け出した。
その場に取り残された女店主は、慌しい足音がみるみる遠ざかっていくのを呆気に取られたまま聞きながら、
「……やっぱり若い子って、元気が有り余ってるのね」
 ぽつりと一人ごちた。
 
 
 商店が道沿いに並ぶコインブラの大通りは、今日も盛況だった。そう見えるのは、仕事帰りなのか、それともこれから赴くのか、とにかく――各々個性的な衣服や武具を身につけた開拓民たちが、己の仕事の成果を声高に話しながら歩いているせいもあるのかもしれない。
すぐ傍に港があり、威風堂々とした船が白い帆を畳んで停泊しているのを目の当たりにすることができるそこは、まさしく石を投げれば開拓民に当たるという状態で、さすがは新大陸への移民が最初に寄港する都市コインブラであるといった風情であった。
「通りを何本か奥に行けば、ペガティーラなるものがありまして」
「ペガティーラ?」
「いわゆる傭兵を雇うことのできる場所ですな。ここは移民が多い分、色々と揉め事や無法行為も多いわけでして。ほら、新大陸の開拓を夢見る者といっても、千差万別でしょう?警備兵の配備も追いつかないくらいだという噂も実際ありましてなあ」
「はあ……」
 「ジザベル峡谷なぞ、盗賊たちの巣窟になっているそうで物騒極まりない。その点メイヤード卿は、いざというとき頼もしいご兄弟をお持ちになられましたなあ」
 「はは……そうかもしれませんね」
 初老の男に相槌を打ちながら、外出用の正装として艶々と光沢するフロックコートを細身の身体に纏い、駆ける馬を模した銀の握りのついた杖を片手で握るジュストは、背後のキズキを振り返った。
感情表現の乏しい彼にしては珍しく、金髪の頭を傾げるようにして興味津々に少し手前にある商店を眺めている――銀髪をボブカットにしたスレンダーな女性が店番をしている銃砲店だ。
キズキがことのほか関心を注ぐのが、銃器の扱い方やその見た目だった。やはり銃士になるための訓練を受けた者として、彼なりのこだわりを持っているのだろう――まさしく彼は、銃を扱うために生まれてきたのかもしれない。自室にこもりがちな彼が今回外出に同行したのも、こうやって新大陸のガンスミスの手腕を拝みたかったからなのかもしれなかった。
 逆に、それ以外の関心事をキズキが持っているのかどうか、ジュストには得心がいきかねた。若いくせに常に疲れきった表情をし、内気で、必要以上のことは話さず、“知っても仕方がない”とばかりに他人のことにはほとんど興味を持たない。
そのくせ、一度怒ると手がつけられないほど激昂するのだ――ジュストは商店に群がる人々の中、無意識のうちに額に手をやっていた――キズキが常に情緒不安定なのは明らかだった。数年前からよく眠れないとかで、ハーブや薬草の類を調合した睡眠薬まがいのものまで飲んでいるのだ……。
ふと横を見て、あの初老の紳士がいないことに気付いた。人の流れに押されてはぐれてしまったか、それとも近くの商店を覗きに行ったのか。視線に気付いたのかこちらを向いたキズキの肩を叩き、ついて来るよう促す。
こうして人込みの中で並んでいても、我々が兄弟だと察する者はいないだろう。たとえキズキが髪の色を元の漆黒に戻したとしても、だ。顔かたちがあまりに違いすぎる。
血が繋がっていないのだから当然だった。肩書き上では兄弟だが、その実赤の他人だ。
だから、わたしはこの子の考えていることが理解できないのだろうか?妹のテュリスが反発するのも、半分しか血が繋がっていないから?私が前メイヤード卿だった父と、その妾との間の子だったから?
商店を覗いていたことを咎められたとでも思ったのか、ばつが悪そうに俯きながら後をついてくるキズキをちらと見やり、ジュストは苦々しく唇を歪めていた。馬鹿馬鹿しい思考を巡らせてしまったものだ。血が繋がっていないから理解できないなどと……。
とはいえ、どうしてキズキは家族たる自分の前でこうも遠慮がちなのか。孤児だった彼を徴兵先で拾い、これも何かの縁とメイヤード家に養子として迎え入れるよう父親に働きかけたのは他でもないジュストだ――ジュストと前メイヤード卿の親子仲は決していいとは言えなかったが、最終的にキズキは卿の息子として認められたし、ジュストもキズキに、お前はうちの子なのだから遠慮などいらぬと彼を諭したはずだった。そうでなくとも、数年暮らしている家ならば、たとえ他人でも寛いだ態度になるというものだ。それなのに、どうしていつまでたっても……。
 



 
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