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2024/05
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物思いに耽っていたジュストであったが、妙に騒がしい一角があると思ってそちらを見る。そこにいたのはまさしく共にコインブラ散策に出てきた取引相手の初老の紳士で、大柄な男二人の間に挟まれ、正面にいる擦り切れそうな革鎧を纏った男に礼服の胸倉を掴み上げられて、ほとんど爪先立ちの状態であった。通りを歩く人々がそ知らぬ顔なのは、このような諍いは日常茶飯事だからなのか――。
 
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 革鎧の男が唾を飛ばしながら喚く。
「このクソ爺が、もう一度言ってみろ!」
「よ、酔って通りをうろつくのはよくないと言っただけだ、こ、この手を離しなさい」
太い腕に吊り上げられるようにされて息も絶え絶えながらも、ジュストの客人はどうにか声を振り絞ったが、その返答によってさらに高く吊り上げられる羽目になった。
「身なりの悪い奴は程度が知れる、とか言ってたじゃねえか!いい服着てるからってお高くとまってんじゃねえぞ、銭勘定しか能がねえくせによ!」
初老紳士の泣きそうな目が彷徨い、離れたところから眺めていたジュストと合った。
仕方がない。
ジュストはため息をつくと、今すぐ殴りかかりそうな勢いの男に歩み寄った。近付く前からぷんと強い酒の匂いが鼻腔を刺し、男たちが泥酔していることを教えてくれる。わたしの妻の方がまだ酒癖はいいな、などと考えながら、紳士の胸倉を掴んでいる太い腕にそっと手をかけた。
「やめたまえ、こんな大通りで。こちらの方にも非はあったかもしれないが、何もこんなところで醜態を晒すことはないだろう。寛大な心で許してやったらどうだね」
その言葉に酒臭い男は初老の紳士を放り出すと、今度は臆する様子もなく悠然と構えるジュストに、大きな顔を近付けて凄んでみせた。
「すっこんでろよ、兄ちゃん。お前らのお貴族さまごっこに付き合いきれるかよ」
「暴力行為は君らのためにもならんぞ。警備兵が――」
「うるせえ!」
男の手が腰のホルスターに伸び、拳銃を引き抜いた。六連発式の回転式拳銃(リボルバー)の銃口がジュストに向けられる。
見物していた通行人の間から短い悲鳴が上がった。
 「お、おい、いくらなんでもそれはやべえぞ」
 革鎧の男の連れが焦った声を発したが、それは相手をますます憤らせただけだった。
 「黙ってろ、こういう連中はこうでもしねえと人を見下した態度をやめないんだよ!」
 初老の紳士は尻餅をついたまま、蛇に睨まれた蛙のように動けないでいる。酒臭い男たちと黒光りする銃口に眼を伏せたジュストは、やれやれとまたため息をつき、おもむろに漆黒の瞳を上げると、拳銃を構えた男の顔を正面から見据えた。
 「よしなさい。君のためにならんと言っているんだ」
 ジュストと眼が合った瞬間、男の肩がビクッと跳ねた。
銃口が揺れる。男の銃を保持する手が、トリガーにかかっていた指が、見えない網に捕らえられ、がっちりと固定されてしまったかのように動けないでいた。そのまま、視認できぬ糸に下方から引きずられるように、金縛り状態で構えられていた銃口が徐々に地面へと下げられていく。
ジュストは眼を細めた。実にあっけない。身動きを取れなくしたら、このまま知らぬ顔で立ち去ってしまうのが一番だろうか。新しい土地に来て早々、騒ぎは起こしたくないし……
 
 と、横合いからふいに腕が伸び、ジュストに向いていた銃身へ指が絡みついた。
 そのまま無理矢理銃口を下に向けられ、小枝が割れるような音を響かせて、トリガーガードに引っかかっていた男の人差し指が奇妙な方向に捩れる。
澱んだ悲鳴が上がった。
 「き、キズキ!」
 あまりに唐突にチンピラの指をへし折った義弟の姿に、ジュストは非難と制止が含まれた声を発したが、すでに遅い。
キズキの右手が、指を折られて苦悶する男の鼻梁を乱暴に摘み上げたように見えた。
ピキッとまた何かが割れた音がし、一拍置いてから大量の血が革鎧の男の鼻腔から溢れ出す。鼻の骨を折られたのである。
「てっ、てめえ!」
先程仲間を止めた理性はどこへやら、当の相方が鼻血を吹いて悶絶しながら横転したのを目の当たりにして怒髪天を突いたのか、もう一人のチンピラが懐に手を突っ込んだ。
何か武器を出そうとしている。直感的に察知したジュストは身構えたが、キズキはすでに長い上着の裾に隠れて見えなかった腰元のホルスターから、見事な彫り装飾が施された金色のリボルバーを抜いていた。
破砕音が尾を引き、チンピラが懐から取り出したばかりの古ぼけた拳銃が硬質な音を立てて石畳の路面に転がった。
ジュストは撃鉄を上げて次弾に備えようとする義弟の元に猛然と駆け寄り、羽交い絞めにするように銃を持つ手首を背後から捉えていた。
「このバカ、なぜ撃った!?」
 顔を上げて、キズキに撃たれたはずの斜め向かいにいた男を見る。身体のどこかを血に染めているものだとばかり思っていたが、男は脚を震わせてはいたものの特に傷は負っていないようだった。懐から手を取り出した姿勢のまま、地面に落ちた己の拳銃を目を見開いて凝視している。
ジュストもそれに倣って地面に眼をやった。
 一見、ただ地面に無傷の拳銃が転がっているようにしか見えない。が、よくよく眺めてみると、銃の一部が欠損していた――撃鉄が削れてなくなっている。
 回転式拳銃は円柱状の弾倉内に弾薬を装填し、引き金を引くことで弾倉が回転して、撃鉄が薬莢に仕込まれている雷管を叩く位置に移動する。発砲するためには銃を保持した手の親指ないしもう片方の掌で撃鉄を引き上げるコッキングを行わなければならないわけで、逆に言えば雷管を叩いて弾丸を発射するための予備動作であるハンマーコックが行えないよう、弾倉と撃鉄との連係動作を阻害すれば発砲はできないわけだ。
 銃声を聞きつけ、長槍を携えたコインブラの警備兵たちがバラバラと集まってきた。力の緩んだ義兄の手から腕を抜き、キズキが銃の撃鉄を戻すとホルスターに収める。
 足元に蹲って苦悶している仲間の前で、怯えたように両手を上げたチンピラの背後の壁には、キズキの放った銃弾によってできた小さな弾痕があった。男が拳銃を取り出した、ほんの一瞬の隙に彼は相手の撃鉄だけを正確に破壊し、無力化していたのだ。
 だからといって――ジュストは周囲を見回した。人差し指をあらぬ方向に曲げ、路面を赤黒く染めてのたうつチンピラが、何人かの警備兵に助け起こされている。
 「何があったんですか!?」
 精悍な警備兵の一人に詰問される。周りの商店からも、客や店主までが身を乗り出してこの光景を見物していた。
人は撃たなかったからといって――いくらなんでもこれはやりすぎではないのか。
 ジュストは引きつった表情で傍らの義弟を睨み付けたつもりだったが、当の本人はいつもの如く疲れたように切れ長の眼を伏せ、長袖に隠れた左腕を神経質にさすっていた。
 




 
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