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2024/05
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 「なぜ、前メイヤード卿を――お父様を殺したんですか」
 テュリスの問いに、無表情だったオドボールは持っていた煙草を咥えると、マッチで火を点けた。
 取り上げてやろうとテュリスは素早く手を伸ばしたつもりだったが、それを凌駕する速さで男に手首を掴まれてしまう。
 「……なぜ殺したか、だって?」
 髪の間から覗くオドボールの右目が、刃のような鋭さを帯びる。
「依頼されたからさ、君の叔父さんにな」
 男の返答に戦慄し、テュリスは手首を捉えられたまま硬直していた。
 「お前さんに剣を教えるために屋敷に入り込んで、色々調べさせてもらったよ」
 「……どうして叔父様が――お父様が亡くなってから、病気だった兄さんや私を引き取って育ててくれようとしたり、色々と世話を焼いてくださった方なのに」
 テュリスの疑問を嘲るように、深く煙草を吸い込んだオドボールが、皮肉げに歪めた唇の間から煙を吐き出した。
 「叔父さんの狙いは、まさにそれさ。お嬢たちを養子として抱き込んじまえば、メイヤード家の財産をそっくり自分のものにできるだろ。だが、できなかった。長く臥せっていたはずの君の兄さん――現在のメイヤード卿の病が、急に快方に向かったからだ。なぜだか分かるか?」
 「………」
 男の手から腕を振りほどき、テュリスはじっと相手を睨んだまま続きを待った。ここに赴いた以上ある程度腹はくくっていたつもりだったが、剣を握る手が震えるのを止められない。
 「理由は簡単だ。前メイヤード卿が生きているうちは、彼の命令で君の兄さんに薬と称して医者から毒薬が少量ずつ与えられていたのさ――徐々に衰弱して、死に至るようにな。卿が死んだから雇われていた医者もボロが出る前に屋敷を離れ、君の兄さんは毒を飲まされることもなくなって回復した。そういうわけだ」
 「嘘!」
 思わずテュリスは叫んでいたが、オドボールの言葉には異様に説得力があった。元から出来の悪い愚息だと息子を罵ってはばからず、事あるごとにジュストとは対立していた父なのだ。ブリスティアとの戦争の際も、病を理由に本国の軍から除隊してきた兄を口汚くなじっていたし、それくらいはやりかねない――。
「嘘なもんか。メイヤード家に潜り込んでから、実際こっそり“お薬”を手に入れて、調べてみたんだからな。それにおかしいとは思わないか、叩き上げとはいえ、それなりの地位のある貴族の息子が戦争に出兵させられたんだぜ。いくらベスパニョーラの属国とはいえ、あんな田舎町からだ。親父さんが厄介払いしたくて、勲章の一つも上げてこいと君の兄さんを無理に送り出したんじゃないのか」
 「……やけに詳しいんですね」
 オドボール本人ではなく、彼の指に挟まれた煙草の先から立ち上る細い煙をじっと見つめ、テュリスは言った。ひどい香りだ。安物か、あるいは正規品ではないに違いない。こんなものを嗜むとは、彼は自分の肉体を痛めつけたいのか。
 「それに、一年あまり私の先生としていてくれて。いくらでも父を殺す機会はあったんじゃないですか?去り際にはこのカタナを譲ってくれるし」
 「俺が持ってるよりよっぽどいいと思ったんでね」
 
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 「教えてくれたのも、本当の名前なんかじゃなかった。あの頃はファロウ先生、それで今は“変人(オドボール)”?本名のない男?ふざけてる」
 「信じちゃくれないだろうが」そう呟いたオドボールの声が僅かに掠れた。粗悪な煙草のせいだろうか?分からない。
 「俺が暗殺を先延ばしにしたのは、純粋に君に剣を教えてやりたかったからだ」
 「え……」
「依頼主に言い訳するのは楽だったぜ。暗殺の準備は基本慎重にするもんだし、君の父さんはあちこちに仲間を引き連れて出歩いていて、なかなかタイミングが掴めなかった。殺しを実行したときも、かなり付け焼刃な計画だったからな……。早いとこ遺産が欲しい依頼主に急かされたのもあるが、それだけ放蕩者の卿の動きは把握しにくかったんだ――あるいは彼も、自分が他方から恨みを買っていることを知っていて、警戒していたのかもしれない」
 「………」
「――君を欺いていたのは謝る。だが、君を剣士にしてやりたいと思ったことに偽りはなかった。君は優秀な生徒だったから」
 テュリスは眼を伏せた。この男の、どこまでを信じればよいのか……。
 「……この際だから、全部話してあげようか」
 指に挟んだ煙草の先端をぼんやり眺めながら、オドボールが言った。燻る炎が指先を焦がしそうだ。
 「君の叔父さんが、俺にメイヤード卿を暗殺させた後、もう一つ命令をよこした。“ジュスト・メイヤードを殺せ”だ。まあ当然といえば当然の成り行きだが、こいつは参ったと思ったね。俺がメイヤード卿を殺したのは、依頼という以前に俺自身の意思だったからな」
 煙草の灰が、とうとう重みに耐えかねて、折れるようにして地面に落ちた。
「……どういう意味です?」
短く残った吸殻を地面に放り、男が新しい煙草を取り出す。口に咥えて機械的な動作で火をつけ、深く吸い込むと煙を吐いた。まるで男の深い思慮が、紫煙という依代を得、吐露されるかのようだった。
「君らをあの父親から解放してやりたかった。君らのような子供が、大人一人に人生を台無しにされるのを見ていられなかったんだ。こんな感情に流されるようじゃ、暗殺者失格だな」
 

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